コンテンツ制作の過去とAIが変える未来 vol.1
マスメディアの時代から、インターネットの時代、そしてAIの時代におけるコンテンツ制作の進化とは。ここ数年で破壊的なほどAIが作成するコンテンツの洪水が起きています。そんな中でも生き延びるブログが必要とする人間プレミアムとは何か。分析考察していきます。
黒兎が自分の勉強をかねて始めたブログも、やっと3ヶ月ほど経ちました。しかし、この3ヶ月の間でも世界はAIによって大きく変わろうとしています。そこで今回始めたブログについての今後の流れなどを考察してみたいと思います。
前置き
近年、デジタルコンテンツの制作と配信の在り方は、かつてない大きな転換点を迎えています。BBS(Bulletin Board System)から始まった、個人の情報発信はWordPressに代表されるブログ管理ソフトなどを通じて、人間がこつこつ情報を発信するものでした。しかし今やAIが次々に記事・音楽・イラスト・小説・動画までありとあらゆるコンテンツを大量に作り始めています。そんな時代のブログとは何が必要なのでしょうか。
マスメディアからユーザーがコンテンツを作る時代に
昔は新聞、ラジオ、そしてテレビとコンテンツを楽しむ形態は時代の技術力と共に進化し、インターネットの時代をもって一部の大企業から、個人が情報を発信する民主化が起きました。ここではすでに語られ尽くした変遷はすっ飛ばして、インターネットでのユーザーがコンテンツを作る時代から入っていきます。
BBSやブログなど個人で情報を発信する方法は、いわゆる文字コンテンツだけでした。そこにSNSが生まれ、画像・映像と個人でも様々なメディア形態のコンテンツを配信できるようになり、膨大な数のコンテンツがインターネットを流れるようになりました。ある調査によると年間300%のコンテンツが毎年増え続けており、すでに1人の人間が100回生まれ変わっても、消費できないほどのコンテンツ量が、世の中には存在しています。更には人間の技術力は毎年のコンテンツ制作速度を常に上げ続けています。
しかし、それによってマスメディアは衰退し、制作コストの安い一発芸的なコンテンツか、失敗できない大企業による莫大な予算をかけた2極化が大きく進んでいきます。そしてインスタグラムやTikTokが生まれます。写真と取るだけ、30秒の動画だけという薄いコンテンツ。インパクトだけの内容を唯々垂れ流し、ユーザーは瞬間的な愉悦を永遠に見続ける。コンテンツというよりは麻薬的というか時間消費ビジネス?と化しているのです。以前はマスメディアが作っていた、ほどほどの予算だけど、しっかりとテーマと内容がある良質なコンテンツは現代の社会構造によって排他され、それによる更なる2極化によりコンテンツがどんどんつまらなくなる悪循環となっています。
人間の数以上に生まれるAIコンテンツ
しかし人間の技術や科学力は止まりません。そうです、AIの登場です。AIによって人類は人間の数以上のコンテンツを生み出し続ける事が出来るようになりました。コンテンツの制作速度が人間の数という制約から制作スピードは取り除かれ、更なる加速度でもってコンテンツを日々ネット上に流れているのです。
これは恐ろしい事ではありますが、もとよりユーザーから見れば100回生まれ変わっても消費できないコンテンツ量に囲まれてきたわけですから、見えない部分でコンテンツの量が100倍になっても万倍になってもあまりかわりません。
しかしコンテンツを作る側は大変だと考えます。AIがどんどんコンテンツを作り出し、将来はより複雑な映画やゲームなどでもAIが作り出すと考えています。そしてそれは過去の歴史が物語っているように確実な未来でもあります。しかし、その大きな地殻変動の中で気になる点が出てきました。
コンテンツ量からの脱皮、信頼と引用
生成AIの爆発的な普及により、現在のインターネット上にはAI製のコンテンツが溢れかえっています。しかし、AIのコンテンツは、平均的で正しいコンテンツを瞬時に生成したものであり、魅力的なコンテンツ足りえるかと言われれば両手を上げて正しいとは言えないでしょう。要はコンテンツの有効性は皮肉にも「AIができないこと」に集約されているのです。
評価指標 | AI一般化による影響と変化 |
コンテンツ量 | 爆発的増加により、単純な「量」の優位性は完全に消滅。ノイズとして処理される。 |
検索エンジンの役割 | SEOからGEO(生成エンジン最適化)へ。AIに「引用される」価値が重要に。 |
人間味(E-E-A-T) | AIが模倣できない「実体験」や「独自の一次データ」を持つブログが圧倒的に有利に。 |
制作コスト | AIによる下書き・構成案作成で60-70%削減。その分を調査やデータ収集に再投資可能。 |
昔から「人間の娯楽は人間」といわれるほど、他の人間に対する興味は多くのコンテンツを作り上げてきました。結局の所、価値がある輝きを放つコンテンツとはより人間を感じさせるものであり、その人間性などのオリジナリティこそが価値を生み出します。しかしそれだけではありません、他にも過去のマスメディアにはあったが、消えていった、良質コンテンツなども正にオリジナリティがあり、多くのAIに参照されることで、その作品が逆にコンテンツの濁流の中から、無くしてしまった金の斧のように浮かび上がってきているのです。皮肉にも技術によって失われた、良質コンテンツが、さらなる技術によって輝きを取り戻し始めているのです。
AIとクリエーターの共創へ
さて、見えてきました。AIの時代ではよりオリジナリティや人間くさいものが、濁流の中から浮かび上がり多くのユーザーに見てもらえる時代となっているのです。それはAIを使わない事ではありません。よく「このブログは人間が書いています」という文言を入れる人がいますが、黒兎からすればそれは全く意味がないと感じています。大事なことは人間かAIかではなく、オリジナリティのある記事なのか、魅力的なコンテンツなのかだけなのです。最も重要なことは既存の知識のモーフィングマシンであるAIでは作れない、人間だけが生み出すオリジナリティを磨くために存在する研磨材としてのAIであり、逆にAIは積極的にコンテンツの道具として活用していくことこそが次の時代のクリエーターだと考えます。
Xが教えてくれた気付き
X(旧Twitter)を支配しているイーロン・マスク(嫌いですがw)が、Xの投稿をすべて他言語でも読めるような機能を提供すると言った時、正にAIと人間のかかわり方を端的に表したと感じたものです。ツイートは人間が生みだすが、翻訳のような作業はAIが行う。これによって言語を超えた交流が可能になるというテーマです。(高度な翻訳にはオリジナリティがあります!戸田先生は最高ですw)
人間プレミアムの時代
今までの流れで答えが出ました。人間プレミアム(Human Premium)と呼ばれる価値観こそがAI時代のクリエーターの1丁目1番地なのです。
- 独自の一次データ:AIは既存の学習データからしか回答できません。自社で実施したアンケート、実験、インタビューなど「ネットに落ちていない情報」を持つブログが、検索やAI回答のソースとして価値も持ち君臨します。
- 強い意見と意思:AIは中立的で安全な回答を好みます。しかし読者が求めるのは、証拠に基づいた大胆な予測や、賛否両論あるような強い人間性を感じさせるスタンスです。もちろん、これには注意も必要ですが平均的な回答より面白い回答の方が魅力が現れます。
- 対話型の体験:読者がコンテンツと「会話」し、自分の状況に合わせた答えを得るようなインタラクティブなコンテンツが、静的な記事よりも高い価値を持つようになっています。
結論
優良なコンテンツほど輝く時代が、AIの時代と言えるかも知れません。これはクリエーターがビジネスを考えすぎて作品をつまらなくしてしまっていた時代から、本当のコンテンツドリブンの時代に入る魁なのかもしれません。巷ではAI危険論や、AI恐怖論などが跋扈していますが、このような見方もあると感じて貰えれば幸いです。Vol.2 いつになるか分かりませんが続きますw